こころ2026.11.01読了目安 4分
ひとりの時間は、心の「納戸」です——家族がいても、数分の居場所を
文:Ray(光の大黒柱建て師・一級建築士)

この記事の要点
- 納戸があるから居間に物があふれない。心にも、受け取ったものをしまっておく場所がいる
- ひとりの時間は長さより回数。使ったら戻す納戸のように、数分をこまめにとるほうが散らかりにくい
- 家族がいても大丈夫。声をかけられたら戻れる距離の「ひとり」で十分
- 背中が守られ、前に視線が抜ける場所は落ち着く。窓辺・階段の途中・台所の隅に、自分の一角を見つける
家族の声、スマホの通知、明日の段取り。気がつけば一日じゅう、誰かと何かに囲まれていた。そんな日、ありませんか。今日は、ひとりの時間を「心の納戸」としてながめ直して、家族のいる家の中でも数分の居場所を見つける方法をお話ししますね。
心にも、しまっておく場所がいる
私は毎朝、神社へお参りに出かけます。鳥居をくぐって、玉砂利を踏んで歩く、ほんの数分。誰とも話さず、何も決めなくていいその時間に、昨日のあれこれが頭の中で少しずつ棚に戻っていく感じがするんです。
間取り図で「納戸」や「S(サービスルーム)」と書かれた部屋を見たことがあると思います。窓が小さいなどの理由で、居室としての採光が足りない部屋は、そう表示されます。地味な部屋ですが、季節の布団や行事の道具、いつか使うものがここに収まるから、居間に物があふれずにすむ。家の静けさを、裏でそっと支えている部屋なんです。
しまう場所のない家は、すぐに散らかる。
心も同じだと私は考えています。一日に受け取った言葉や頼まれごと、小さな引っかかり。どこかに置かないと、ふだんの自分という「居間」に出しっぱなしになります。風水でも、物が出しっぱなしの場所では氣がよどみやすく、しかるべき場所に収まっていると氣が穏やかに巡ると考えます。ひとりの時間は、心の納戸の扉を開けて、受け取ったものをしまう時間なんですよ。

ひとりの数分で、心は仕分けをしている
納戸は、年に一度の大片づけより、使ったらその都度戻すほうが散らかりません。ひとりの時間も、長さより回数です。休日にまとめて一日とるより、毎日の三分のほうが、心は軽く保ちやすいと私は感じています。
そして「ひとり」は、家に誰もいないことではありません。同じ家の中で、少し背を向けるだけでいい。声をかけられたら、すぐ戻れる距離のひとりで十分です。ひとりになりたいと思うのは、家族が嫌いだからではなく、心が「しまう時間」を求めているしるしなんです。
その数分で、何かを考えようとしなくていいんです。整理しようと力まなくても、置いておけば、仕分けはあとから自然に進んでいくものです。上手に過ごそうとしなくて大丈夫ですよ。
家の中に「ひとりの一角」を見つける
設計の仕事をしていると、人が自然と腰を落ち着ける場所には共通点があると感じます。背中か横に壁があること。目の前に少し視線の抜けがあること。体がすっぽり収まる小ささであること。風水でも、背中側が守られ、前が開けている形を、落ち着く配置と考えます。
| 場所 | 落ち着くわけ | 過ごし方の例 |
|---|---|---|
| 窓辺 | 背中は部屋側、視線は外へ抜ける | 外の木や空を見ながら、お茶を一杯 |
| 階段の途中 | 上の階と下の階の、どちらでもない場所 | 二、三段目に腰かけて、深呼吸を三回 |
| 台所の隅 | 手を動かしながら、自然に背を向けていられる | 煮ものを火にかけているあいだの数分を、自分の時間に |
小さなクッションをひとつ置いて、「ここは私の席」と決めておくのもおすすめです。場所が決まると、座っただけで、体が少しずつ切り替えを覚えてくれます。
なお、ひとりの時間をとっても気持ちの沈む日が続いたり、眠れない夜が重なったりするときは、ひとりで抱えず、専門家に相談してくださいね。

今日のひとこと行動
家の中で「ここなら背中が落ち着く」と感じる一角をひとつ選んで、今日どこかで三分だけ、そこに座ってみる。
座れなかった日は、場所を選んでおくだけでもかまいません。心の納戸の場所がわかっていれば、扉はいつでも開けられます。
今日から霜月です。太陽の通り道が低くなるこれからの季節は、夏には届かなかった部屋の奥まで、日差しが斜めに長く差しこむようになります。ひとりの一角に座るなら、その光が床にのびている昼のうちに。温かい湯呑みを両手で包んで、数分だけ、光のなかでひと休みしてみてくださいね。

Ray光の大黒柱建て師/一級建築士
建築の実理と風水の知恵で「家と心」をともに整える、天地結まほろばや主宰。プロフィール